親ばかパパの子育て日記

キャンピングトレーラーを牽いて全力で遊ぶ!

2025.8 北海道の旅(16日目・後編) 【 上士幌→帯広→幕別 】 〜 愛国駅・幸福駅・ナウマン公園キャンプ場 〜

 長い一日の後編です。帯広市から旧国鉄広尾線に沿って南へ。目指すは、言わずと知れた「愛の国から幸福へ」の愛国駅と幸福駅です。  

 ここは、私が30年前に自転車で訪れた思い出の場所でもあります。  懐かしい記憶が頭の中を駆け巡るなか、旅の終盤へとデリカを走らせました。

 

 

 愛国駅

 

 旧愛国駅にやってきました。

 愛国駅とは、北海道帯広市にあった旧国鉄広尾線の駅です。「愛の国から幸福へ」というキャッチフレーズで全国的に有名になったという、幸福駅と並んだ縁起スポット。

 そうそう、到着時の話。隣に車を止めた観光客の方が我が家のデリカのナンバーを見て、驚いてくれました。「すげー!〇〇から来てる!」と。いやいや、2日も走り通せばやって来れますよぉ~♪

 

 これが旧愛国駅の駅舎。

 30年ぶりの訪問になるパパ。胸を躍らせてやって来ましたが…全く記憶にない建物です。

 

 調べてみると、駅舎は1929年(昭和4年)に建てられた木造駅舎であるものの、改修されているのだとか。現在の姿になったのは2008年だそうです。通りで記憶にない訳だ。

 それにしても、これが96年も昔の建物だとは驚きです。!

 

 こちらのSLは廃線前から留置されていたそうで、つまり50年もここに置かれているそうです。

 それにしては、塗装がきれいでビックリ。相当、丁寧に手入れがされているんでしょうね。

 

 駅舎は「交通記念館」として保存されており、建物に入ると広尾線の歴史を知ることができました。

 

 国鉄広尾線は、十勝平野の農業輸送を支えた鉄道でした。

 やはり、北海道の鉄道は「貨物輸送」を目的に作られていたんですね。別海のミルク輸送、上士幌の木材輸送、十勝での農産物輸送。ここまでに色々なところで学んできたことが結び付きます。

 

 そして、1987年(昭和62年)、国鉄民営化直前に全線が廃止されてしまいましたが、「愛の国から幸福へ」の切符ブームにより現在でも鉄道遺産としてたくさんの観光客が訪れています。

 

 こんなに立派な記念碑(!?)まで建てられていましたよ!しかし、これもパパの記憶の中には無いものですなぁ~。

 そんなこんなで、久しぶりの訪問ではあったものの、懐かしさを感じられる部分が一つも見つからず残念に思っていたのですが…見つけました!

 

 これは覚えてる!記憶にある!

 そして、家に帰ってからアルバムをめくったら見つかりました。

 

1996年 高校2年生にて

 これですこれ!

 それにしても、30年前ですでにかなりボロボロな状態でしたが、現在はさらに錆に覆われた姿となっていました。  しかし、この車両に刻まれた錆が愛国駅の歴史を感じさせる風景になっているように思えたのでした。

 

 幸福駅

 

 さて、さらにデリカを走らせます。

 

 やって来たのは、旧幸福駅。

 こちらは、旧愛国駅よりさらにたくさんの観光客で賑わっていてビックリ。もう、陽が傾いた時間だというのに駐車場はほぼ満車でした。

 

 あぁ、この風景にははっきりとした記憶があります!

 

 この駅舎!

 

1996年 高校2年生にて

 ほらっ!

 とても懐かしいです。30年前にここを訪れた際、売店にて切符柄の木製絵葉書を購入してその場で家族へ手紙を書きました。その絵葉書は今でも実家のリビングに飾られています。

 その時、売店のおじちゃんは、「自転車で来るヤツが一番偉いよ」と言って、手紙を書いている私に缶コーヒーをプレゼントしてくれたんです。やっぱり、旅の思い出は人との出会いです。そんな小さな出会いでも、今でもハッキリと記憶の中に残っているのですから。

 

 駅舎の中はこんなすごいことになっていました。

 

 子どもたちはお小遣いで、「愛国から幸福ゆき」行きの切符を購入していました。これは、昔ながらの硬券切符。訪れた日付をその場で印字してくれるのも嬉しいところです。

 本来の乗車券なら「幸福から220円区間」と表記されるハズですが、ここで売られているのは観光用に作られた記念切符。そのため「幸福から愛国ゆき」と表示されていました。とはいえ、220円という値段は広尾線が走っていた当時の実際の運賃とのこと。そんな話を聞くとつい想像が膨んでしまいますが、もし仮に幸福駅が北海道に、愛国駅が九州にあったなら――この切符はいったい、いくらになっていたのでしょうねぇ~。

 

 この縁起スポットは子ども達にもハマったようです。

 二人ともハイテンション。

 

 こちらは、国鉄広尾線で実際に使われていたホームと線路、そして車両です。

 今でも走り出しそうなくらい、きれいに保存されていました。

 

1996年 高校2年生にて

 そして、こちらが30年前の幸福駅ホーム。

 今とほとんど変わらない風景ですね。

 

   

 それにしても、あの汽車は今にも走り出しそうな気配を漂わせています。  夕日に照らされた風景が、その臨場感をいっそう際立たせていました。

 背後に立っている木々は広尾線が走っていた頃からずっとここを見守っていたんだろうなぁ。そんなことを考えながら、「変わっていくものと変わらずにいるものがある」そんな、人間と自然の営みに喜びを感じてしまったのでした。

 

 ナウマン公園キャンプ場

 

 帯広広尾自動車道でさらに南へ。

 今日の宿は幕別町です!

 

 やって来たのは「ナウマン公園キャンプ場」。

 第1サイトから第3サイトまである中、『キャンピングカーでのご利用は、第3キャンプ場でのみ可能となっています。』とのこと。第1と第2は芝生敷なのに対してこちらは砂利です。正直なところ、キャンプ場という雰囲気ではありません。

 

 けれど、せっかくなのでテーブルを出して外で食事をすることにしました。

 子ども達に聞いてみるとねぇ~、問答無用で「外」を選ぶんです。

 

 さて、神奈川を出発してから2週間を過ぎた北海道の旅もいよいろ終盤です。気持ち的にも、今日の十勝をもって北海道の旅はおしまい。この先も寄り道はするけれど、神奈川に向かって舵を切っていく感じです。いやぁ~、楽しかったな。感動ばかりの毎日でした。

 さて、明日は襟裳岬を経由して、苫小牧の一歩手前にある「むかわ町」を目指します。たくさん走る一日になりそうです。

 

 備忘録

 

 8月10日(日)

 

 上士幌航空公園キャンプ場8:55→10:00ナイタイ高原キャンプ場→上士幌航空公園キャンプ場11:05→12:15帯広競馬場15:10→15:40愛国駅15:50→16:15幸福駅16:35→17:10ナウマン公園キャンプ場

 

 この日の走行距離:牽引あり107km+牽引なし35km=142km

 この旅での走行距離:牽引あり2360km+牽引なし657km=3017km

 

 

 

 

 

 

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