
奈良観光2日目。今日は明日香村を訪れます。
奈良と聞くと、どうしても真っ先に思い浮かぶのは大仏。そして、その大仏が造られたのは奈良時代です。 ところが、蘇我入鹿の暗殺によって始まる大化の改新や、聖徳太子が建てた法隆寺といった飛鳥時代の物語も、舞台は奈良。そして、大化の改新の中心となった場所は、現在の奈良県明日香村です。飛鳥時代の舞台が今の明日香村だということを知った時は、ちょっと目からウロコが落ちるような感じでした。同じ奈良であっても、時代ごとに舞台は移動していたんですね。
そんな訳で今日は、大化の改新の舞台となった明日香村を自転車で巡りながら、飛鳥時代の歴史について学んでみることにしました。
道の駅・ロマントピア月ヶ瀬

今日も朝は冷え込みました。

車はカチンコチンです。
フロントガラスも真っ白。このままじゃ走り出せないけれど、暖気をしていたら周りのキャンパーさんに迷惑…。ということで、運転席の前の氷だけタオルでこそぎ落とし、車を空き地に移動させてからゆっくりと解凍させました。いやぁ〜まだ11月だけど、こんなに冷えちゃうんだなぁ。

RVパークを出発してすぐに渡った名張川。川面に靄が残っていて神秘的な風景になっていました。本当に静かなところです。
大河が音もなく静かに流れていく風景をみて、カナダのユーコン川を思い出しました。ホワイトホースからドーソンシティまでの約800km、途中に村は1つしかないという荒野をカヌーで一人で下った10日間の川旅でした。

RVパークから車で1時間半、「道の駅・飛鳥」に到着。
画像にある白い建物がレンタサイクル屋さんです。ここでママと長男のためにチャイルドシート付き電動アシスト自転車を1台レンタルしました。車はこのまま道の駅に置かせてもらえます。

道の駅は近鉄・飛鳥駅にも隣接しています。
あれっ? 村の名前は「明日香」なのに、駅の名前は「飛鳥」なんですね。

道の駅の観光案内所で情報収集。
サイクリングでの遺跡巡りを推している明日香村なので、パンフレットも充実していました。

そして、飛鳥駅から5分も走ったかどうかで最初の目的地に到着です。(パパとしては全然走り足りない⋯。)
国営飛鳥歴史公園館

最初の訪問先は、飛鳥歴史公園館。
やっぱり遺跡を回るからには、それに関する知識を少しでも入れておいた方がイメージを持てるかな、と思いましてね。入館は無料です。

建物に入り、さっそく私達を出迎えてくれたのは、蘇我入鹿暗殺の現場を再現した展示でした。
長女には「6年生になったら社会の教科書に必ず出てくるから覚えていおいて!」と、いつも以上に熱を込めて力説しちゃいました。今回の旅行はそのために企画したといっても過言ではありませんから(笑)。

飛鳥人総選挙!?
「推しの飛鳥人を選んで投票しよう!」という企画でした。一番人気はやっぱり中大兄皇子なのかな?

さて、奈良県明日香村に広がるこの一帯は国営の歴史公園として整備され、石舞台古墳や高松塚古墳などの史跡をはじめとした「日本のはじまり」が保存されています。

ここ、歴史公園館では大化の改新をはじめとした、飛鳥時代の成り立ちについて様々な展示が用意されていました。
なので、ここで動画などを見てまずは知識を付け、そしてこの後、自転車で各遺跡を回る計画です。
高松塚古墳

では、出発!
公園の中に整備された遊歩道を進みます。自転車は乗り入れOKです!

そして、やって来たのは高松塚古墳。これは、飛鳥時代(7世紀末~8世紀初め)の古墳であり、1972年に発見されて以来、日本の古代史にとってとても重要な遺跡として知られるようになったそうです。
1972年、って、私が生まれる“少し前”の話です。そんな最近の発見なんですね。

しかし、今だからこそこのように綺麗に手入れがされていますが、発見前は山の中で草木に覆われていたのでしょうから、それが「古墳である」ということには、なかなか気づけるもんじゃないんでしょうね。
ましてや、その中に石室があって、お宝が眠っているなんて…。

さて、古墳の中は現在では「高松塚壁画館」として公開されています。せっかくですから、入ってみることにしました。
入場料300円/大人がかかりますが、ここ、絶対に入った方がいいです!300円をケチるところではありません!!!

まずは、お決まりの記念写真。
けれど、これ、すごく大事。なぜかというと、「どうして1000年以上も前の人たちがこんな服を着ていたってことがわかるのよっ?」という普通に浮かんできそうな質問の答えがここにあるからです。

これが、この古墳の中に残されていた壁画(のレプリカ)。

これだけしっかりとした絵が残っていたことがどれだけ貴重なことか、ということは素人の私でも容易に想像ができます。
当時の人々の姿形、衣装、髪型、装飾品などが一目でわかるのですから。しかも、色まで付いているなんて素敵すぎます。

そして、このように残された絵にさらに修正を加えることによって、

より鮮明な絵に仕上げることにも成功し、当時の姿をさらに細かくイメージすることができたのだとか。

ちなみに、右側にいる緑色の衣装をまとった方が手にしている赤いものの中心には小さな穴が見つかっており、コンパスを用いて描かれたと言われているらしいです。
一つの絵から、いろいろなことがわかるもんなんですねぇ~。

1972年(昭和47年)、発見直後の画像だそうです。天井からは木の根が多数侵入しており、壁から剥がれ落ちた漆喰片が床に散乱していたそうな。それにしても、この部屋を最初に開けた人の興奮はすさまじいものだったでしょうね。1000年以上昔からのタイムカプセルだったんですから。
ちなみに、この部屋は鎌倉時代に盗掘された形跡があるらしいです。埋葬品の一部は持ち去られ、壁の一部は傷つけられてしまっていたのだとか。今考えれあば「大バカ者」ですが、当時はそんな概念はなかったでしょうからねぇ~。今日までこれだけの形で残っていただけで十分、奇跡と言えるのかもしれません。

いやはや、めっちゃくちゃ感動しました!
こうした史跡が一つ見つかるだけで、これまでの定説がひっくり返ってしまうといううところが、歴史の面白いところなのかもしれませんね。
石舞台古墳

さて、次は石舞台古墳に向かって自転車を走らせました。場所は明日香村に広がる遺跡群の中でも、ちょっと外れた場所になります。
そしたら、まぁまぁな山道になってしまい、長女がギブアップ…。やばい、昨夏の北海道・美瑛での悪夢を思い出させてしまいました。遠回りしてもで、平坦な道を選ぶべきだったかなぁ…。

そして、なんとか無事に到着。
おやつタイムにして気を取り直してもらいました。
さて、背後に望むのが、

石舞台古墳です。正直、
石が積んであるだけじゃないの?
って雰囲気。あそこに近づくには入場料が必要です。
ここから眺めるだけでもいいんじゃない?
なんて、思ってしまうかもしれませんが、それは大間違い!これまたすごいところでした。

さて、入場。

大きさとしては、こんな感じ。
いやはや…重機がない時代にこれだけ大きな石をどうやって運んできて、どうやって積み上げたんだろう?
規模的に、エジプトのピラミッドとかペルーのマチュピチュとかに比べたらはるかに小さいけれど、それでも、十分すごいことだと思います。 そして、さらに驚かされたのは、この石はただ積み上げられている訳ではないということ。

隙間をのぞいてみると、

部屋になってる!

そう、中には巨大空間が広がっていて、入ることができるんです。

積みあがっている石は天井になっていたのでした。

どうやって、組み上げたの?
落ちてこないの?

今にも崩れ落ちてきそうな恐怖を感じてしまいますが、
1000年以上も耐えてきたのだから、この先だって大丈夫なんでしょうね。
すごい!

どうやってこれだけ大きな石を組み上げたのか、想像図が描かれていました。なるほど、石は一度土に埋められて、それから中の部屋が彫られたんですね。

ちなみに、この古墳はかなり早い段階で盗掘に遭って副葬品が失われたそうです。そして、古墳であると言われながらも肝心の石棺が見つかっていないのだとか。
そして、こちらは残されている資料を基に復元された石棺だそうです。

ちなみに、この古墳は蘇我馬子の墓であると言われているそうです。推測されている理由もなかなか興味を持てるものでした。①これだけの巨石を運び積み上げるには、最高権力者クラスの財力と人出が必要だったハズ。②日本書記に記されている『馬子が「多武峯(とうのみね)」に葬られた』という記録の、「多武峯」がこのエリア。③馬子の邸宅もこの近くにあった。などなど…。
決定的な証拠はないものの、残されているこれらの事実を掛け合わせると、「蘇我馬子」としか考えられない、という結論に至ったのだとか。歴史って暗記物のイメージが強いけれど、もともとは推理小説みないなもんなんですねぇ~。
飛鳥宮跡

さて、石舞台古墳を見た後は下り坂が続きました。パパは一安心。
そして、次にやって来たのは飛鳥宮跡です。

この時、次の目的地へ向けて自転車を走らせていたら、
あそこに何かあるよ。寄ってみようよ!
とのことで自転車を止め、かる~く眺めて出発してしまいました。

なので、撮った写真はこれくらい。けれど、後でわかったのは、なんと、ここが「蘇我入鹿暗殺の地」だったようです!
え!?
なんで、そんな歴史的な場所なのに、どこにもその説明がないの?

置かれている解説は一通り読んだし、画像にも撮ったものの、どこにもそんなことは書いていないんだよなぁ…なぜだろう?
酒船石

お次にやって来たのは酒船石。

名前の「酒船石」は、「お酒を造るための石の船」という意味であるものの、それはあくまで後世の人がつけた名前で、実際に酒造りに使われていたかは不明だそうです。

酒造り説が浮上した理由は、この石に刻まれた溝に米や水を流して、発酵させて酒を造ったんじゃないかという考えらしい。

他にも、薬の調合説、祭祀用の装置説 、天文・占星術説などいろいろあるようです。
これも、今後なにか新しい遺跡が発見されればこれまでの仮説が正しかったことが証明させたり、逆にひっくり返されたりするんでしょうね。
飛鳥寺

ちょうど観光バスが到着してしまいお寺の建物が隠されてしまいましたが、ここが飛鳥寺です。

飛鳥寺は、6世紀後半に蘇我馬子によって建立されたとされる寺院。

そして、日本に仏教が伝来して間もない時期に建てられた、日本最古の本格的な仏教寺院のひとつでもあります。

境内へ入り、まずはお清め。
そして、

境内を通り抜けて、その少し先にあるのが、

蘇我入鹿の首塚。
リアルですね~。明日香村の遺跡巡りって、教科書で学んだ知識が次々と実物(!?)で示されるところが面白いな、って、思います。

さて、飛鳥寺の本堂に入ってみました。

目に飛び込んでくるのは飛鳥大仏。日本最古の仏像の一つだそうです。
奈良の大仏に比べると雰囲気は随分と異なりますね。大きさとしても随分と小さくなりますが、普通の仏像と比べたらやはり特別な大きさです。

ここでは、お寺の住職さんかな?寺務員さんかな?が、飛鳥寺についてお話を聞かせてくださいました。
飛鳥寺の歴史から「乙巳の変」に関する歴史のまで。とてもいい勉強になりました。やはり実際に話を聞くと理解はぐっと深まります。

とてもこじんまりとした飛鳥寺ですが、元はこれだけ大きなお寺だったそうです。そして、この境内であの有名な蹴鞠(けまり)が行われていました。
鞠を蹴り損ねて転んでしまった中臣鎌足のもとに駆け寄って手を差し伸べたのが中大兄皇子。この出来事がきっかけで二人は親しくなり、のちに大化の改新(645年)という日本の歴史を大きく動かす改革へとつながっていく。
この話もどこかで聞いたことがありますよね。

本堂の一画には歴史の資料が並べられていました。
これが、蹴鞠です。

日本の歴史を動かした蹴鞠(の複製品)。
先ほどの首塚といい、教科書で学んできたことを説明する実物が次々と目の前に示され、驚きと興奮の連続です。

五重塔を構える大きな寺院がここに立てられていて、その境内で蹴鞠が行われていて、中大兄皇子と中臣鎌足が出会い、蘇我入鹿が暗殺され、大化の改新が行われた…。
それから1000年以上の間も、この地で生活を営んできた人がいれば、今日の私達のようにここを通り過ぎていく人達も数多くいたことでしょう。それぞれの時代の人々がどんなことを考えながらこの風景を眺めたのだろうか。教科書で読んだだけでは感じられなかった、「かけがえのない時間」を感じた飛鳥寺でした。

では、再び出発です!
亀石

田んぼの中ののんびりとした風景の中を走り抜け、亀石へ。

飛鳥を回っていると、不思議な石造がたくさんあります。これもその一つ。亀石です。
「この亀が西を向いたとき、明日香の地は滅びる」なんて伝説が残っているらしいけれど、はっきりとした用途や意味はわかっていないとのこと。
鬼の雪隠

こちらは、

鬼の雪隠。
「雪隠(せっちん)」とはトイレとのこと。その奇妙な形と、近くにある「鬼の俎(まないた)」という石と対になっていることから、「鬼が使ったトイレ」という伝説が生まれたらしい。
けれど、実際には古墳時代の石棺の一部と推測されているらしいです。お墓がトイレになってしまったとはヒドイ話ですね…。

こちらが、

「鬼の俎(まないた)」
こちらも、伝説では、「鬼が人間をこの石の上で料理した」とか、「生け贄を捧げた」とかいう話が残っているようですが、これも実際には石棺の一部だったようです。
こちらが、石棺の「底」の部分。鬼の雪隠が「蓋」の部分だったと推測されているそうな。

古代の石棺が、今では畑のそばで静かに佇んでいる風景にはこれまた感銘を受けました。
日本を作り上げた壮大な歴史の舞台でありながら、素朴でのんびりとした空気が流れているこの雰囲気は「飛鳥の魅力」の一つなのかもしれません。
猿石

そろそろ夕暮れが近づいてきました。
最後にもう一か所、立ち寄っていくことにします。



猿石。
この中の1体が猿のような顔をしていることから「猿石」と呼ばれているらしい。しかし…どれが猿なんだ???
そしてやっぱり、この猿石たちも誰が何のために作ったのか、はっきりしていないらしいです。そんな謎解きが歴史の面白さなんですかねぇ~。

これにて、遺跡巡りサイクリングは終了です!
いやぁ~、疲れたなぁ~。

猿石から飛鳥駅までは自転車なら3分もかからず…。
そう、今日はたくさん走ったような気分だけど、距離的には大したことないんです。「止まって降りて観光して」の繰り返しでね…正直、自転車はあくまでも移動手段であって、サイクリングを楽しむって感じではなかったですねぇ~。
GPSデータによると、「走行距離:15.02km」、「平均速度:5.6km/h」とのこと。自転車で平均速度5.6km/hって…すごい話です(笑)。

それと、観光客はそれなりに来ていましたが、奈良市内に比べたら遥かに少なかったです。そして、外国人は圧倒的に少なかった。
しかし、これも考えてみればわかる気がします。私達としては、教科書で学んだ予備知識をなぞりながら周っているので、「ここがあの有名な!」というように感動を味わえるけど、外国の人からみたら「ただの石」でしかないですよね…(笑)。

そんなこんなでよく頑張った一日でした。
今日も帰りがけに温泉に入り、汗を流して疲れた筋肉をほぐしてからトレーラーに戻りました。

夕食の後は飲み会(!?)
明日は帰るだけです。楽しい旅行だったね!

そして、パパはこれまた従姉妹からいただいた大阪名物で旅の余韻を楽しませていただきました!
帰路

翌朝は雨でした。
天気が一日ずれなくてよかった。この天気じゃ自転車で遺跡巡りなんかできませんからね…。昨日も一昨日も天気には本当に恵まれました。よかったよ。
それにしても、雨の中でバドミントンをする子ども達。
ぱぱ 雨でもサイクリングできたかな?

朝食を終え、トレーラーを連結。
出発準備完了!

やっぱり秋の旅行は快適です。
暑くもなく寒くもなく。この時期にもっと長い休みがあれば最高なのにとか思っちゃいますけど、それは贅沢は話ですか?ともあれ、先月の「群馬の旅」に引き続き、「奈良の旅」も満喫することがでて、よい思い出&勉強ができた「2025年秋の旅」でした。
さて、そろそろスノーシーズンが始まるぞぉ~!
備忘録
11月24日(月)
RVパーク・ロマントピア月ケ瀬7:45→9:05道の駅・飛鳥→(明日香村サイクリング)→道の駅・飛鳥16:10→17:40梅の郷月ケ瀬温泉→18:35→18:40RVパーク
この日の走行距離:牽引あり0km+牽引なし125km
この旅での走行距離:牽引あり367km+牽引なし195km=562km
11月25日(火)
RVパーク・ロマントピア月ケ瀬9:20→13:00藤枝PA13:55→16:15自宅
この日の走行距離:牽引あり380km+牽引なし0km=380km
この旅での走行距離:牽引あり747km+牽引195なしkm=942km