海外のニュースを聞くと、様々な思い出が脳裏を駆け巡ります。そして、懐かしさが込み上げて嬉しくなったり、逆に悲しくなったりすることがあります。そんな中、今回のニュースは後者の方でした…。
アラスカから南米へ。北米・南米大陸を自転車で旅していた途上、グアテマラを訪れたのは2005年3月でした。
メキシコ以南の中米諸国では、ほとんどの国の公用語がスペイン語です。数字すら言えない状態でスペイン語圏に突入してしまった私は言葉で本当に苦労しました。「1日10単語」を目標に「今日、覚える単語」を書いたメモをフロントバックの上にクリップで留め、暗唱しながら自転車を漕ぐ日々でした。
グアテマラ北部の小さな町で、夕食後に散歩をしていた時のことです。セントロの広場で大道芸をやっていました。私は人だかりの後ろの方でそれを眺めていたのですが、現地の人より頭一つぶん背が高かった私は簡単に目をつけられてしまったようです。彼は芸をしながら話しかけてきました。
「どこの国から来た?」
「日本だ。」
「フェゴは日本語で何て言う?」
「ヒ」
「…ヒ?それだけか?」
「そうだ。」
「日本語って面白ろいな。」
まぁ、そう言われるとそうかもしれませんね。「火」「木」「目」「蚊」等々。日本人は自然と漢字に変換して意味を読み取っているから何も不思議に思いませんが、「hi」「ki」「me」「ka」なんて聞いたら、確かに不思議かもしれません。
けどね…スペイン語だって面白いですよ。私が特に興味を持ったのは、「行く」という動詞である「ir」(イル)です。こいつは不規則動詞と言って、主語に合わせて原型を留めない変化をするのですが…
Voy(ボイ)→私が行く。
Vas(バス)→君が行く。
Va(バ)→彼が行く、彼女が行く、あなたが行く。
なんて、意味になってしまうんです。
「バ」と言うだけで「あなたが行く」という意味の言葉になってしまうんですから、スペイン語も十分面白いことをするじゃないですか!
さて、グアテマラを縦断した私は首都・グアテマラシティの西にあるアンティグアという町で3週間ほど休息しました。ペンション田代という日本人宿に滞在しながらスペイン語学校に通い、そして気の合う友達が出来たこともあって近場の山にも出掛けました。
「馬鹿と煙は高いところが好き」という言葉を証明しているようですが、自転車で旅する人間は必ずと言っていいほど山に登りたくなるんです。私も例外ではありませんでした。
正面は、アンティグアの街を見下ろすようにそびえ立っているアグア山。
アグアとはスペイン語で「水」という意味ですが、山頂にはかつて火山湖があったことがその名の由来だそうです。富士山にそっくりな形をしていますよね。ちなみに標高は3,760m。そう、標高も富士山にそっくりなんです。アンティグアの街から日帰りで登ることができることもあり、まず最初に登ったのがこの山でした。
そして、このアグア山から比較的近く、私が滞在していたアンティグアからバスですぐに行けるところにあるのが、フェゴ山でした。
フェゴ山=火の山(3,763m)。
フェゴ山の話を聞いた瞬間に、その気になってしまいました。今考えれば、活火山と聞いて怖いもの見たさで興味を持ってしまったのかもしれません。情報がただでさえ少ない中で、言葉もろくに通じないというのに、今考えれば、厳かなことをしたものです。
友人と二人でローカルバスに乗り、フェゴ山の麓の村へ。そして、宿の情報ノートに記されていた道を登り始めました。
その道は登山道というより農道でした。というか、「アウトドア」というレジャーが浸透していない国ですから、登山道の整備などはされていないし、当然ながら案内板などはどこにも設置されていないんです。
道の左右にはコーヒー畑が広がっていました。その道で出会った若者はこれから自分の畑に向かうところだと言い、片言のスペイン語で雑談をしながら途中まで一緒に登って行きました。
森林限界を越えると、山頂が顔を出しました。
この先は稜線をひたすら歩いていくことになります。
道の途中にザックを隠し、空身で山頂を目指しました。
しかし、次第に霧が出て来ました。
稜線を歩く以外に山頂への道を知る手だてはありません。そして、霧はますます濃くなり視界が効かなくなってきました。上足を滑らせたどこまで落ちていくのか…それすら、全く予想できなくなってきました。
「引き換えそう」
友人が先に判断をしてくれました。
確かに…。
道がないのだから、山頂がどこにあるのかすらわからない。そんな状態でこれ以上先を目指すのは無謀でしょう。
彼の決断に従うことにしました。
そして、下山することを決めた時、もう一つ私たちを悩ませることがありました。
最終のバスまであと2時間。
この日はビバークするつもりで、テントや食料は準備してあります。けれど、
「帰れるものなら帰りたい。」
興味本意で来てしまったものの、実際に来てしまうと噴煙を上げている山の中でのテント泊はあまり気持ちのいいものではない、ということに気付いていました。
「走るか!」
決めた瞬間、二人は一気にダッシュをかけました。
私はアラスカからここまで自転車で来た体だったから、体力には十分自信がありました。しかし、彼は大丈夫か?そんな心配がなくもありませんでした。しかし、これがとんだ誤算だった…。学生時代にフルマラソンをやっていたという彼の脚力体力はチャリダーをしのぐものでした。
60Lのザックを背負ってよく走ったものです。「走る」というより「跳び跳ねて」山を転げ降りました。
「早くここから脱出したい」。
急に襲いかかってきた恐怖心が、疲れを感じさせなかったのだと思います。当然ながら休憩などせず、一気に下りました。途中から雨が降り始めましたが、何も迷わずひたすらかけ降りました。
村に戻ったのは終バスの10分前。
「生きて帰ってきた。」
バスの揺れと温もりに身を任せた瞬間、全身から力が抜けていった感覚は今でもハッキリと覚えています。
あの旅を終え、日本に戻り10年が過ぎました。それなりに仕事をするようになり、家庭を持つようにもなりました。そんな中、
「今、自分がここにいることは偶然なのかもしれない。」
そう思う瞬間があります。
コーヒー畑で出会った彼は無事でいるのだろうか。バスに乗ったあの村は無事であるのだろうか。
フェゴ山噴火のニュースを聞いて、あの日のことが鮮明に思い出されました。
グアテマラの方々に、一日でも早く平穏な日々が戻ってくるのとを願っています。